舩曵真一郎氏は、2024年よりMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスの代表取締役 取締役社長 社長執行役員 グループCEOを務めています。グループ内の三井住友海上において、2013年執行役員経営企画部長、15年常務執行役員東京企業第一本部長、17年取締役専務執行役員、21年代表取締役 取締役社長 社長執行役員(現職)と、様々なリーダーシップ職を歴任して来ました。現在、舩曵氏は、世界トップ水準の保険・金融グループを目指し、ガバナンス改革、ビジネスモデルの変革、そして中核損害保険会社である三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保の合併を強力に推進しています。

今後、保険業界に最も大きな影響を与える変化はAI、ビッグデータ分析、IoT、ブロックチェーン等、デジタル技術のさらなる進化だと舩曵氏は述べています。MS&ADインシュアランス グループは、これらの最新技術を活用して、「リスクソリューションのプラットフォーマー」として、保険本来の機能である経済的損失の補償だけでなく、補償・保障前後のソリューションを強化することにより、「お客さまから最も選ばれる保険会社となることを目指す」と舩曵氏は強調しています。
ミハウ・トロヒムチュク:過去25年間で、保険業界にとって最も重要な技術開発は何でしたか。また、それらは貴社のビジネスにとってどのような意味を持ちましたか。
舩曵真一郎氏:過去25年間で、保険業界において最も重要な技術開発はインターネットの普及とデジタル化の進展でした。
インターネットの普及によって、お客さまとの関係構築が大きく変わり、オンラインでの契約手続きや管理が可能となりました。弊社グループはこの変化を活用し、お客さまへのサービスの迅速化や利便性の向上を追求しました。デジタルプラットフォームの導入により、お客さまがご自身のペースで保険契約に加入、契約内容の確認、必要に応じて変更ができるようになり、保険加入のプロセスの拡大に繋がりました。
デジタル化の観点でまず挙げられるのが、ビッグデータやAIの活用です。データ分析技術の進化により、大量のお客さまデータ、事故データ、さらに気象データ等、社会を取り巻くあらゆるデータを活用することで、お客さまのニーズに応じた商品・サービス提供が可能となると共に、リスク評価の精度向上に寄与しました。また、AIを活用した「不正請求検知」の導入や、IoT機器であるAIスマートカメラを活用した「防犯サービス」の提供を実現しており、損害保険ビジネスにおいて先進技術をタイムリーに導入することは極めて重要と考えています。
お客さまに身近な商品である自動車保険の分野においては、車載用ドライブレコーダーから取得した走行データに基づいて保険料を算定する「テレマティクス自動車保険」が技術革新によって生み出された新たな保険商品だと考えています。更にテレマティクス自動車保険の契約者向けに、安全運転によって削減されたCO2の排出量を独自のアルゴリズムで可視化するサービスも開始しており、従来から提供する「事故の低減」等の付加価値に加え、新たに「環境保全」という価値を提供することで、社会課題の解決に向けてより一層貢献し、地球環境課題に対する取組みにも寄与しています。
ミハウ・トロヒムチュク:現在、世界が直面している地政学的、経済的または環境の問題について、貴社の観点から最も重要だと思われる課題はどれですか。また、それらにどのように取り組んでいますか?
舩曵真一郎氏:弊社グループでは、世界が直面しているさまざまな社会課題の中から「地球環境との共生」「安心・安全な社会」「多様な人々の幸福」の3つを特に重要な課題と定め、その解決に取り組んでいます。その取組みの中でも特に損害保険ビジネスへの影響が大きい「気候変動」と「サイバーリスク」について触れさせていただきます。
まず、「気候変動」ですが、台風や洪水などの自然災害の激甚化や脱炭素社会への移行による環境変化は、損害保険ビジネスに大きな影響を及ぼします。弊社では、気候変動の緩和(脱炭素化)と適応(防災・減災)の二つの観点から、レジリエントでサステナブルな社会の実現に向けて取り組んでいます。
脱炭素化を支援する取組みとして、脱炭素に向けた入門セミナーの開催、CO2排出量の算定に向けたサポートやCO2削減に向けた戦略づくりなど、多様な支援メニューを、自治体やさまざまな業種のお客さまに向けてワンストップで提供しています。保険商品では企業向けの火災保険において、被災建物等の復旧時に、新たにCO2排出量削減につながる設備等を採用する際の追加費用を補償する保険商品として「カーボンニュートラルサポート特約」を提供しています。
また、近年の洪水の頻発・激甚化を受けて、将来も見据えて洪水リスクの影響を把握したいという、企業のニーズが高まっています。これに対し、防災・減災として官庁や大学との共同研究を実施するとともに研究成果として新たなサービスの提供を実現しています。この産学連携の共同研究取組を通じて開発した「洪水リスクファインダー」は、世界全域における定量的な影響評価を可能にし、気候変動による物理的リスクの定量的な把握を支援しています。
「サイバーリスク」に関しては、企業が抱えるサイバーリスクを企業本体だけでなくサプライチェーンを含め多面的に評価し、多層的なサイバーリスク対応体制構築を保険商品・サービスの両面から包括的に支援するワンストップサービスをグループ一体となって提供しています。
デジタル化が進む中でお客さま情報の保護は基本であり、極めて重要です。弊社グループ内では、データ漏洩やサイバー攻撃のリスクを常に監視し、最新のセキュリティ技術を導入することで、サイバー攻撃に対して堅牢なインフラ基盤を構築・維持し、お客さま情報の保護を徹底しています。さらに、インフラ基盤の観点だけでなく、サイバー攻撃は人間の心理的な脆弱性や行動上の弱点を利用して行われることが多いことを念頭に置き、社内のセキュリティ教育を強化しています。全従業員がリスク意識を持つことで、組織全体の防御力を高めています。
ミハウ・トロヒムチュク:今後、保険業界に最も大きな影響を与える変化は何ですか?貴社のビジネスに何を期待していますか?AI、IoT、量子コンピューターなどの技術開発はどのような役割を果たすと考えますか?
舩曵真一郎氏:今後、保険業界に最も影響を与える変化はAI、ビッグデータ分析、IoT、ブロックチェーン等、デジタル技術のさらなる進化であり、これら最先端の技術を適切なタイミングで保険ビジネスに取り込んでいくことが必要と考えています。
弊社グループのビジネスモデルは、社会課題を解決するソリューションを提供することです。これまでの保険ビジネスは「保険金をお支払いすること」で経済的損失を補填するという観点が主体でしたが、弊社グループは「リスクソリューションのプラットフォーマー」として、保険本来の機能に加えて補償・保障前後のソリューションを強化することにより、お客さまや社会にとって最も価値ある商品・サービスを提供しています。
グループの多様な知識・経験・技術とAI・テレマティクス・デジタルデータなどの先進技術を掛け合わせることで、リスクを見つけて事前に防ぐ、被害を最小化する、そして迅速に回復できるよう支援します。これにより、お客さまに安心と安全を提供し、「お客さまから最も選ばれる保険会社」になると共に、弊社グループの成長につなげていきます。
このためには、AI、IoTなどの先進技術の採用は不可欠と考えています。例えば、AIはお客さまの行動やニーズを分析し、パーソナライズされたサービスを提供する能力を持っています。これにより、リスク評価の自動化やカスタマーサービスの改善が加速し、業務効率の向上が期待されます。IoTはセンサー技術を活用してリアルタイムのデータ収集を可能にし、保険商品がより個別化され、リスクを適切に評価できるようになります。
弊社では既にAIとIoTを組み合わせたソリューションとして、AI搭載の車載用ドライブレコーダーや住宅用の防犯カメラ等のサービスを提供しています。将来的には、日々進化するAIを活用し、お客さまとの接点にAIを介在させることで、より迅速に正しい情報をお届けし、お客さまへの価値提供の向上を図ってまいります。
量子コンピューターは、従来のコンピューターでは難しかった複雑な計算を処理する能力を持ち、特に損害保険ビジネスにとって大きな脅威である気候変動予測や保険商品の開発、リスク管理の高度化といった領域で活用が期待できると考えます。
弊社はこれらの技術を積極的に研究し、業務に応用することで効率性を追求していきます。これにより、お客さまにとって価値あるサービスを提供し続けることで、業界の競争力を維持すると共に、「お客さまから最も信頼され、最も選ばれる保険・金融サービス」を提供する保険会社グループを目指します。
ミハウ・トロヒムチュク:2027年4月をめどにグループ内の三井住友海上社とあいおいニッセイ同和損保社を合併するとの発表がありました。貴社ではこれまでも「ワンプラットフォーム戦略」により、業務の効率化、品質向上を図ってきましたが、合併に向けて、両社のシステムをどのように統合していく計画でしょうか?また、合併後のIT・DX戦略について、現在考えていることをお聞かせ下さい。
舩曵真一郎氏:弊社グループは中期経営計画(2022~2025年)において、三井住友海上およびあいおいニッセイ同和損保のミドル・バック部門を中心に共通化・共同化・一体化を進める「1プラットフォーム戦略」により、業務の効率化と品質向上を図ってまいりました。
今回の合併は、従来の事業モデルから脱却し、「成長と信頼の好循環」を生み出す新たな事業変革の一環と位置づけており、特に事業費率の観点においては、グローバル水準である30%を下回ることを目指した抜本的な事業構造改革が必要と考えています。この構造改革を実現するためにも、例えば「役割を終えたシステムの大胆な廃止・統合」を推進することで、ITコスト構造の基礎代謝にあたるシステムの運営費・維持費を大きく低下させ、事業運営の体質改善、ならびに事業費削減を実現させます。
加えて、従来には無かった環境変化やグローバルへの柔軟な適応力の強化、レジリエンシーの確保やサイバーセキュリティ対策の強化など、グループ全体のシステムに新たな価値を組み込んでいく必要があると考えており、合併後は次世代システムやDX関連への投資によって、「お客さま本位」を追求するとともに、新会社における新たな利益の源泉を確立することを目指します。
ミハウ・トロヒムチュク:貴社では、経営戦略の大きな柱の一つとして、データ・デジタルやAIを活用した補償・保障前後のソリューション強化や事業費率引き下げを挙げています。これらを実現するためには、人財育成が最も重要かと考えます。貴社におけるIT・デジタル人財の育成方針や具体的な取組についてお聞かせ下さい。
舩曵真一郎氏:地球温暖化、生物多様性の危機、少子高齢化、サイバー攻撃など、社会が抱える課題は複雑化・多様化しています。そのような社会の中で、専門的知識をもつデータサイエンティストをはじめとするデジタル人財を育成し、それらのプロフェッショナルが、豊富な蓄積データと最新の分析技術を用いて、今まで探知できなかったリスクをいち早く見える化し、お客さまの「備え」を支援します。
また、保険本来の機能に加えて補償・保障前後のソリューションを強化することにより、お客さまや社会にとって最も価値ある商品・サービスを提供し、ビジネス環境が変化するこの局面において、グローバルでの競争力を発揮して成長につなげていきます。
補償・保障前後のソリューションの強化を支えるのは、データ・デジタルやAIです。同時に、保険に関連するあらゆる手続きをデジタル化することで、お客さまの満足度・利便性と弊社及び代理店の生産性を高める大胆な改革を進めます。また、お客さま基点で商品のわかりやすさや手続きのしやすさを追求するとともに、それに合わせてITシステムの構造も最適化し、収益構造を変えていきます。
業務効率化の推進には、AIの活用がキーになるものと考えており、既に約3万人の社員が安全に生成AIを利用できる環境を整え、業務効率化の事例も数多く出てきています。弊社グループでは、複数の大学と連携し、2018年度からデジタルやイノベーション人財の育成に注力してきました。2025年までにデジタル人財を約7,000名に増やす計画であり、約100名のデータサイエンティストとともに、彼らがデジタル化をリードしてくれることを期待しています。また、AIを活用した業務の運用実効性を高めるために、必要に応じて外部の知見や専門人財を社内外から積極的に登用し取組みを加速させていきます。
今回、合併によって日本国内での保険料収入がNo.1となりますが、No.1規模に相応しい保険会社として、社会の安全を担い、経済の発展に貢献することが強く期待されていると感じています。No.1規模の会社として企業価値で世界のトップ水準を目指し、データ・デジタルやAIを活用しお客さまに提供するサービスの価値をさらに高め、「お客さまから最も選ばれる保険会社」になることが求められていると考えています。