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第1回:アジャイル手法によるプロジェクトの始め方、進め方 
6月 17, 2025 アジャイル , Interview , 対談


まずは一歩から、アジャイルの世界へ!アジャイル対談シリー with三井住友海上×MS&ADシステムズ×ソラーズコンサルティング

こんな人におススメ!

  • アジャイルになんとなく興味がある人
  • アジャイルについて知っているが、何から始めたら良いか分からない人
  • ウォーターフォールだけでなく他の開発手法を習得したい人

2001年にアジャイル提唱が始まり早24年。日本におけるアジャイル手法の浸透は、アジャイル手法の限定的な採用や一部企業での導入にとどまる傾向にありました。2020年代に入ると、DX(デジタルトランスフォーメーション) の必要性が叫ばれ、金融業界においてもアジャイル導入の動きが加速。最近では、非IT分野へのアジャイルの適用にも注目が集まり、アジャイル手法にならった組織文化の改革を目指す動きも活発化しています。

 

MS&ADグループでも、2022年4月のアジャイル開発チームの新設を始め、「MS Agility Platform」の構築やスクラムの資格研修の合同開催など、グループ内のアジャイル促進に向けて大々的な社内改革を推し進めています。その中心的な役割を担うのが三井住友海上ビジネスデザイン部アジャイル開発チーム。組織全体におけるアジャイルへの認知度を向上し、従来型の開発手法からの円滑な移行をサポートしています。

 

この度、アジャイルへの理解と実践的な知識を深めるべく、MS&ADグループ内アジャイルコミュニティのメンバーと、創業以来組織全体でアジャイルに取り組んできたグローバルITコンサル企業のソラーズコンサルティングのメンバーとの対談が実現しました。第1回目は「アジャイル手法によるプロジェクトの始め方、進め方」をテーマにアジャイルとウォーターフォールの違い、アジャイルに必要な心構えや効果的なチーム編成・役割分担のコツに焦点を当て、実体験に基づいたベストプラクティスや疑問点について意見交換を行いました。内容は前半・後半に分かれてお届けします。

参加者:

プロフィール_MSI稲岡様 (1) プロフィール_MSI稲岡様 (1)
稲岡 正道

三井住友海上火災保険株式会社

ビジネスデザイン部 アジャイル開発チーム

上席スペシャリスト

 

コンサルファームでのキャリアを経て、2024年8月入社。スクラムマスター講師やアジャイル組織たち上げに携わる。4年程度アジャイル開発に携わった経験がある。

 

 

 

佐藤 仁哉

三井住友海上火災保険株式会社

ビジネスデザイン部アジャイル開発チーム 主任

 

2018年入社。リテール営業部門在籍中に代理店向けシステムを改
善したいと思い、MS&ADシステムズ社へ出向。アジャイル開発チ
ームには3年前の発足時から参画。組織立ち上げ時から 社内開発プ
ロジェクトにて、スクラムマスターを経験。現在は、社内プロジ
ェクトのアジャイルコーチを担当。

梶沼 直嗣

MS&ADシステムズ株式会社

自動車・種目共通本部 自動車システム部

自動車オンライン第一グループ デザイナー

これまでウォーターフォール手法によるレガシーシステムの開発が中心だったが、新たな手法を学びたいと考え、今年度、グループ内のアジャイルコミュニティに参画。 モダナイゼーションに関心を持つ。

 

 

プロフィール_ソラーズラファウ プロフィール_ソラーズラファウ
ラファウ・ビリチ

ソラーズコンサルティング株式会社

シニアコンサルタント

 

ITコンサルタントとして10年以上の経験を持つ。日本、イギリス、ポーランド、ベルギーその他中欧諸国を含む様々な市場で、8年以上損保業界向けソリューションの導入に携わる。2017年から2019年までアクサ損害保険株式会社における日本初のアジャイル開発によるGuidewire PolicyCenter 導入プロジェクトに携わり、プロジェクトリーダーを務める。

プロフィール_ソラーズ鶴岡 プロフィール_ソラーズ鶴岡
鶴岡 一輝

ソラーズコンサルティング株式会社

コンサルタント

 

2020年ソラーズコンサルティング入社。社内の人事・総務アプリケーション開発プロジェクトや、ポーランドのワルシャワに拠点を置くダイレクト保険会社Beesafe社との保険金請求システム構築プロジェクトにてビジネスアナリスト、スクラムマスターを務める。

 

プロフィール_ソラーズ林 プロフィール_ソラーズ林
林 瑞季

ソラーズコンサルティング株式会社

シニアアナリスト

 

7年間の日系SIer企業勤務を経てソラーズコンサルティングに入社。前職では、SEとして損保・生保会社向け業務アプリケーション開発に携わる。日系、外資系顧客を複数社を担当し、設計~保守まで幅広く担当。ウォーターフォール開発、アジャイル開発両方の経験を持つ

ファシリテーター:

春口 昭人

ソラ-ズコンサルティング株式会社
シニアコンサルタント

30年以上の三井住友海上勤務を経てソラーズコンサルティングに入社。同社では2度の海外駐在(シンガポール、インドネシア)も含め、保険引受、保険金支払、法人営業等様々な部門の業務に従事し、損害保険事業全体の業務に精通している。

 

 

 

 

この記事に掲載されている所属や役職の情報は、対談当時のものです。

現在の所属や役職とは異なる場合がありますのでご了承ください。

 

2018年入社。リテール営業部門在籍中に代理店向けシステムを改
善したいと思い、MS&ADシステムズ社へ出向。アジャイル開発チ
ームには3年前の発足時から参画。組織立ち上げ時から 社内開発プ
ロジェクトにて、スクラムマスターを経験。現在は、社内プロジ
ェクトのアジャイルコーチを担当。

対談実施日:2025年2月19日

テーマ1:アジャイル開発プロジェクトについて

なぜ、アジャイルなのか~背景とウォーターフォールとの違い~

 

ー 早速、最初のテーマであるアジャイル型開発全般についてうかがいます。梶沼さん、これまでウォーターフォール型の開発プロジェクト中
心だったそうですが、御社のアジャイルコミュニティに参加するまでにアジャイルに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

 

梶沼: 2つございます。レガシーシステムを担当している関係で、モダナイゼーションへの関心が強く、外部の研究会などに参加してきまし
た。モダナイゼーションを検討、実践する過程で、新しいシステムを作っても、その後の開発の進め⽅や組織体系が従来通りのままだと、また
レガシー化してしまうのではないかと思うようになりました。そこで開発プロセス自体を⾒直す必要性を感じたのが1つ目のきっかけです。

 

また、これまでのウォーターフォールの⼤規模プロジェクトで、期待通りに進まないことが少なからずありました。この2つの課題を解決で
きる何か別の方法はないかと考え、アジャイル型開発に関⼼を持ちました。

 

ー ソラーズではプロジェクトの95%以上をアジャイルで進めているとのことですが、そもそもソラーズがアジャイルを始めたきっかけや背景
はなんだったのでしょう?

 

鶴岡: ソラーズがアジャイルを始めたのは10年以上前ですが、いくつかの要因があると考えています。弊社は保険業界に特化したIT導入支援を
行う企業であり、保険業務は共通しているものの、実際のプロジェクトの進め方はお客様により様々です。そのため予測不可能なことが多く、
ウォーターフォールのプロジェクトでは、発生する問題に対応しきれません。このような問題を軽減するためにアジャイルの適用が進んだと考
えられます。

 

また、弊社は2000年の創業以来ヨーロッパ中心に事業展開をしていますが、ヨーロッパ市場ではアジャイルは主流で、むしろアジャイルで開
発ができないとお客様の要件を満たせないという事情があります。アジャイルが採用されているか否かは、ビジネス継続、さらには企業の人材
確保にも影響を及ぼすほど重要視されています。

 

加えて、内的要因として弊社の企業文化があります。弊社は非常にフラットな組織で、かなり年が離れていてもお互いを下の名前で呼び合
い、敬語を使わない対等な関係を築いています。こうした環境はコラボレーションがしやすく、アジャイルと相性が良いです。

event picture

MS&ADシステムズ 梶沼氏

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ー では稲岡さんにお聞きします。三井住友海上で、2022年にビジネスデザイン部にアジャイル開発チームを新設し、アジャイル型開発に本格
的に取り組み始めたきっかけや背景を教えて下さい。

 

稲岡: 社会の変化のスピードが加速していることです。ひと昔前であれば、システム開発の途中で技術や世の中のトレンドが大きく変化するこ
とはありませんでしたが、スマートフォンやデジタルネイティブ世代の台頭により、使いやすいインターフェースは当たり前で、変化のスピー
ドも非常に速くなっています。弊社の従来型のウォーターフォールのプロジェクトでは、要件定義から開発が終わるまで1〜2年かかるものも多
く、その間にも⼤きな変化が起きています。つまり、完成時には既に時代に追いついていないものができてしまうことがあるのです。よって、
世の中の変化に対応するには、アジャイルという新しいアプローチを導⼊する必要があります。それが、私たちが⽬指すお客様⽬線の会社にな
るための第⼀歩にもなると考えています。

 

AIを例にとると、数年前にはChatGPTという言葉すら知られていませんでしたが、今では当たり前のように使われています。このような激し
い変化に対応していくためには、短いサイクルでフィードバックを得ながら開発を進めていくことが必要であり、会社としてアジャイルを取り
入れることは必要不可⽋だと考えています。

 

ー 林さんも、以前は別の会社で主にウォーターフォールを使って開発をされていました。これまでのお話を聞いて、特にウォーターフォール
とアジャイル⼿法との違いについて、どのように感じていますか?

 

林: すごく共感しながら聞いていました。ウォーターフォールは、設計書をしっかり固め、⼀つ⼀つの⼯程を確実に進めないと⼿戻りが発⽣す
るという考え⽅が根本にあります。細かく丁寧に正確に、時間をかけてでも進める傾向があります。一方、アジャイルではコミュニケーション
を重視し、⽬標達成に向けて効率的に進めることが重視されます。ウォーターフォールは忠実性を重視する⼀⽅、アジャイルは柔軟性が優先さ
れると感じています。

 

梶沼: アジャイルで顕著なのは、双方向のコミュニケーションが促進されることではないかと思います。私の経験では、ウォーターフォールで
は設計者、開発者、テスター間で一方向のコミュニケーションになってしまう傾向があります。

 

鶴岡: 双⽅向のコミュニケーションという意味では、開発者からだけでなく、テスターからも積極的に意⾒を出せる環境があります。例えば、
アジャイルではテスターが「仕様とは異なるが、実際にはこの方法でも問題ないのでは。」といったフィードバックをし、問題の程度によっては
その意見が受け入れられることもあります。ウォーターフォールでは仕様に沿わない部分は必ず修正すべきという考え⽅が強く、仕様⾃体を⾒
直すという発想が⽣まれにくいかもしれません。

 

梶沼: この仕様自体が合っているのかというのを確かめる機会やコミュニケーションの仕組みがあるのがアジャイルの魅力だと思います

agile talk picture

三井住友海上 佐藤氏

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佐藤: そもそも、アジャイルでは、そのような絶対的な仕様という考えがないかもしれないですね。アジャイルでは、ウォーターフォールのよ
うに要件定義のフェーズで全ての詳細を決めきるということではなく、まずは「誰が何のために、どのように使うのか」ということを考え、ユ
ーザーストーリー¹形式でバックログを表現します。ユーザーに価値が提供できるのであれば、必ずしも当初の仕様通りでなくても構わないとい
う考え方です。

稲岡: ウォーターフォールだと、例えば仕様で3秒と定められているものを4秒で実装した場合、その1秒差の取扱いが問題になりますが、アジャ
イルでは実際に画⾯を見て、4秒でも問題がなければそれで良しとなります。当初の仕様と異なる事例が発生した時、それがどのような影響を与
えるかを実際のシステムを確認した上で判断でき、調整もしやすいです。

 

佐藤: この画⾯表示時間の例だと、ユーザーの視点からは3秒以内が望ましい画面もあれば、10秒でも問題ないものもあります。ウォーターフォ
ールだと、一律3秒と定められがちです。たとえば画面表示が10秒かかってしまう事象が発生して、エンドユーザーにとって、それが“気になら
ないレベルの10秒”だったとしても、大問題となってしまいます。アジャイルでは、そういった対応コストが不要となり、メリハリがつけられる
のも良いです。

 

ー ウォーターフォールでは仕様に重きを置き、アジャイルではユーザー価値を重視します。この考え⽅の違いは開発手法の違いから生まれて
いるのでしょうか?

 

梶沼: ウォーターフォール型開発で仕様が重要視される所以には、関係者間の距離も関係しているのではないでしょうか。事業会社、受託する
システム会社、さらにそのパートナー会社の中にテスターや開発者、設計者と、関係者間の距離はどんどん離れていきます。そもそも、価値や
ビッグピクチャーといった抽象的な概念を共有することが難しい。だからこそ仕様を設計書に落とし込み、認識齟齬がないようにテキストを通
じてコミュニケーションせざるを得ない状況になっていると考えています。

 

鶴岡: 別の観点から意見があります。ウォーターフォールでは要件定義と設計の段階で価値の上限が確定され、プロジェクト中はそれを維持す
るか下回るかのどちらかになりがちです。アジャイル型開発では価値の上限が固定されず、最終的な顧客価値の最大化を⽬指すことができま
す。

アジャイル実践における成功例や失敗例

 

ー 次に、アジャイル手法でうまくいった事例や、反対にうまくいかなかった事例、また成功の要因は何だったのかを実体験に基づいてお聞か
せください。

 

ラファウ: アジャイルの重要なポイントは開発スピードです。変化が急速な現代において、ウォーターフォール型開発ではそのスピードに追い
つけません。成功例の1つとして、私が携わった新規保険会社の設立プロジェクトでは、自動車保険商品の開発開始からリリースまで約3か月で
完了させ、そのスピードが評価されました。短期間で成功した要因は、優先順位を適切に定めたことにあります。まず保険引受の機能だけを先
にリリースし、後に保険⾦請求の機能を追加リリースするアプローチを取りました。

 

鶴岡: こちらは新規設立の会社だったので、最初は社員や家族向けに限定してリリースし、問題に対応しやすい環境で始めました。法的には正
式なプロダクトとしてリリースしましたが、実質的にはPoCのような形で進めました。また、ダイレクト保険会社でしたが、当初はウェブでの⼀
般募集は⾏わず社内募集から始めて、バグを解消しながら段階的にリリース範囲を広げていきました。

 

稲岡: バグと言えば⽇本では「なぜこうなったか」と原因追及に時間をかけ過ぎる傾向があります。この新規設立の会社の例では、バグが生じ
る前提で進めて、優先順位をつけ改善を加えていく⽅針が会社全体に浸透していたということですか?

 

鶴岡: 本番移⾏後もバグは残っていましたが、致命的ではない状態を保ちながら進めていきました。

 

稲岡: 会社全体が経営陣も含めてどのバグに優先的に対処すべきかしっかり整理されていたんですね。

 

鶴岡: ウィーン保険グループというヨーロッパ大手の子会社ですが、まだ会社の規模も小さく新しかったというのも関係しているとは思いま
す。新規設立の会社でどれだけ早くリリースできるかというパイロットプロジェクト的な面もありました。

 

ー 佐藤さんは、これまでの成功例や失敗例はありますか?

 

佐藤: 私はそこまで多くのアジャイル開発の経験を有してはいませんが、良かった点をお話しします。担当したプロジェクトでは当初、社員が
会社のパソコンと社⽤携帯の両端末で利用するツールを開発予定でした。ところが、半導体不⾜の影響で、社用携帯端末の機種が1種類から複数
に増えることになりました。異なる端末への対応には、それだけテスト⼯数も増えます。後続のバックログ²を捨ててまでその機能が必要か、ま
ずパソコン向けに機能をリリースして、ユーザーの意⾒を聞くことにしました。

 

すると、ユーザーからは社用携帯対応の機能は不要という声が集まりました。携帯端末の小さな画面では、数字を把握・分析するのは難し
い、また、上司への報告には結局パソコンを使うので、社用携帯機能は必要ないというフィードバックが多かったのです。そこで、ユーザーに
とって価値が低いと分かった携帯端末への実装は中止しました。代わりに、ユーザーの声を参考に、必要な機能の優先順位を⾒直しました。こ
れが、ウォーターフォールなら、追加予算を投じて携帯端末実装を継続していた可能性が高く、本当にユーザーに必要な機能を後回しにしてい
たかもしれません。アジャイルだからこそ、価値が発揮されたのだと思います。

 

鶴岡: これはアジャイルの無駄をなくすという理念が生きたすごく良い例ですね。

 

佐藤: そうですね、将来的な負債をなくすという点ではアジャイルで良かったです。

保険業界でアジャイルに向くプロジェクトとは?

 

ー これまでの話で、変化への対応などアジャイルの利点が⾒えてきました。保険業界においては、どのようなアジャイルプロジェクトが適し
ているのでしょう?

 

稲岡: 特にお客様向けのプロジェクトが適していると思います。たとえば、直販型の保険であれば、画⾯⼀つで契約に⾄るかどうかが大きく変
わってきます。私もかつてあるサービスに加⼊しようとした際に、スマホで時間をかけて⼿続きをしている最中に、誤って戻るボタンを押した
らデータが全部消えてしまった経験があります。その時点でもういいや、やめよう、となりました。そういう意味でも、お客様向けのプロジェ
クトにおいては、ユーザーフィードバックを常に取り⼊れながら、短い期間でカイゼンをしていくことが必要になります。まさに、アジャイル
の良さが活きる領域であり、お客様にも変化が直接伝わるので価値が見えやすいかと思います。

佐藤: 保険商品の多くは私たちが直接販売するのではなく、代理店を通じて⾏っています。私が営業からアジャイル開発チームに異動するきっ
かけは、ある代理店さんから弊社のシステムが使いにくいというご意見を頂いたからでした。その時は、代理店さんがシステムでの保険料計算
がうまくできず、担当の営業社員に頼らざるを得ない状況でした。

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ソラーズコンサルティング 林氏

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本来、代理店さんが迅速に保険料を計算できれば、お客様により円滑な提案ができるはずです。こうしたユーザビリティの問題を目の当たり
にし、代理店の方々の視点に⽴って考えるようになりました。代理店の方々の視点に立つ、代理店の方々に価値を提供するという観点で、アジ
ャイル型開発は⾮常に効果的だと感じています。

 

現在担当中の代理店向けのシステムでも、プロジェクトの過程で代理店の方に実際に触っていただき、「この機能は不要」「表⽰をこのように
変更してほしい」といったフィードバックを受けます。そういった意味で、先ほどの稲岡さんのお話のように、お客様への保険商品の提案の質
の向上が可能だと考えます。

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鶴岡: 梶沼さんが冒頭でおっしゃったレガシーシステムのモダナイゼーションにも関連しますが、アジャイルでは、モダナイズする時に「なぜ
この機能があるのか?」「今なぜこれを実装しているのか?」という本質的な問いかけが生まれてくることが多いですね。アジャイルを実践する
と、真に価値のあるものは何かを中⼼に考えるようになり、やらなくて良いことはやらないという傾向が強くなります。ウォーターフォールで
は、前例踏襲の傾向が強く、「今なぜこれを行わなければならないのか。」という問いを出しにくい雰囲気があると思います。レガシーシステム
や古いシステムを刷新する際は、アジャイルの考え⽅を取り⼊れる必要があります。

 

佐藤: 弊社では従来、要件定義を行う本社の社員や営業経験者がユーザーにとっての価値を判断していました。ユーザーに受け入れられるもの
を自身の経験から判断し、先の例で言うと、「自分も携帯で数字を確認したいはずだから、きっと他のユーザーもそれを熱望している。」といっ
た具合です。しかし、プロジェクト期間中にも環境や営業のスタイルも大きく変化します。もちろん本社では営業現場の声を集めて要件定義を
するものの、やはり限界があります。このように日々環境が変化していく中で、実際にシステムを使⽤するユーザーから直接フィードバックを
得ながら開発を進めていけるようになったことは、元現場の⼈間の立場から⾮常に価値ある開発⼿法だと実感しています。

テーマ2:アジャイル手法で必要なマインドセットと従来開発手法との考え方の違い

個人のマインドセット

 

ー アジャイルとウォーターフォールの手法の違いに触れたところで、次はアジャイル⼿法を取り入れる際に必要なマインドセットについて話
を進めます。林さん、ウォーターフォール型開発の経験をふまえていかがですか?

 

林: ウォーターフォールでは、上位者から指⽰された内容を正確に遂⾏し、⼿戻りの発⽣や指⽰と異なる仕様の作り込みなどを出さないことが
重視されることから、主体性に欠けたり消極的な姿勢になることがあったように思います。アジャイルでは、チーム内で意識的に密なコミュニ
ケーションを取りながら、柔軟性を持って変化に対応していくマインドが必要不可欠だと思います。

 

ラファウ: 個⼈単位では、オープンなコミュニケーションに加えフィードバックが非常に大切です。「Be Brave³」という考え⽅があります。問
題に直⾯した時こそ、勇気を持って話し合い、早い段階で修正に取り組む必要があります。私の経験上、欧米でも日本でも地域を問わず、問題
を隠そうとする傾向は共通して見られます。深刻な問題への発展を防ぐには、問題点を指摘する勇気と、問題への迅速な対処に向け、適切な判
断と決断を下す勇気が必要です。

ー 失敗や問題をオープンに議論するには、それを共有しても⼤丈夫だという心理的安全性が保証されていないとなかなか難しいと思います
が、いかがでしょう?

 

佐藤: マイナス情報を早期に共有できる環境を作ることが⾮常に重要です。ウォーターフォール型開発では、前半フェーズにおける⼩さな問題
は後で何とかなるだろうと⾒過ごされがちです。結果、UAT⁴(=受け入れテスト)の段階で問題が顕在化し、影響度も爆発的に⼤きくなってし
まうことがあります。 また、問題発生時には、原因調査を経てその結果を文書化する流れが一般的です。

 

アジャイル型開発では、開発者とビジネス部門間との日常的なやり取りの中で⼼理的安全性が確保され、デイリースクラムでオープンに問題
を共有しやすい環境があります。問題発⽣時の共有と解決スピードが、ウォーターフォールと⽐べてはるかに速いと感じています。

 

梶沼: ウォーターフォール型開発の担当者にとって、最⼤のインセンティブがスケジュール通りに終わらせることになると、コミュニケーショ
ンや⼿戻りにかかるコストを避けるために、問題を指摘する勇気を出しにくくなります。

 

林: 下流工程の担当者ほどその傾向が強いように思います。システム会社のパートナー会社で働いていた際の経験として、二次請け会社からテ
ストの作業完了報告が来ても、実際にテストをしてみると品質が不十分で完了とは言い難く、システム会社に報告できないというケースがあり
ました。ウォーターフォール型の開発では、このような階層構造により関係者間の距離が生まれ、問題を隠蔽しやすい環境を⽣み出してしまう
ことがあります。

 

鶴岡: アジャイルでは隠せないです。スプリントレビューなどでデモを見せる段階で、作動しない箇所など問題が見つかりますから。その場で
「これはどうなっているんですか?」といった会話が⽣まれます。

 

梶沼: プロダクトを介してコミュニケーションするのか、書面でコミュニケーションするのかでも変わりますよね。

 

ー アジャイル型開発に取り組む際に個人レベルで必要なマインドセットについて話をうかがいました。次に、こうしたマインドセットを軸
に、実際のプロジェクトにおける考え方の違いについて話を進めます。

優先順位の考え方

 

稲岡: トレードオフスライダー⁵はウォーターフォールにも導入した方が良いと思います。ウォーターフォールでは、品質は最高、納期も最短、
そしてコストも最安という設定になることがあると思います。うまい、早い、安い、じゃないですけど、例えると、吉野家でシャトーブリアン
の⽜丼を求めているような感じです。もちろん、それができることに越したことはないのですが。これがアジャイルだと、全てが重要なのは理
解した上で、その上で優先順位をチームで決めてルール化し、何を守るべきかを明確にします。これはアジャイルに限らず本来どの手法でも必
要なことだと思います。ただ、このようなコミュニケーションがしやすい環境があるのは、アジャイルの⼤きなメリットですよね。何かあって
も皆で決めたことですし、状況が変わったらその都度優先度の変更について話し合うこともできます。

 

梶沼: トレードオフスライダーを事業会社に見せたら、全て最⼤値に設定されることにはならないのですか?

 

佐藤: そうはなりません。理想を⾔えば、すべての要素が重要です。やはり安くて、早くて、うまい、シャトーブリアンが一番良いです。で
も、チームとして進めていく中で判断を迫られる際に、優先順位を皆で決めておいた⽅が、迷った時に判断しやすいですよね、と最初の段階で
話します。ここは確かに苦労する部分です。POを含めてチームとして合意を取ることが、その後の判断に活きてくると思います。

 

梶沼: インセプションフェーズが⾮常に重要だということですか。

 

佐藤: インセプションデッキ⁶を使わなくても良いですが、⼀つの⽅向性を定めるというのは、アジャイルだけでなくウォーターフォールでもや
るべきことですね。

 

梶沼: ウォーターフォールにもプロジェクト憲章⁷はありますが。

 

鶴岡: 憲章なので、マインドというよりは、法律みたいなものなので仕方なく従うという捉え方かもしれません。

 

ラファウ: 前述のウィーン保険グループのプロジェクトでは、インセプションフェーズを設けませんでした。 参画メンバー全員がアジャイル型
開発と商品のビジョンをよく理解していたからこそ短期間でのリリースが可能でした。ただ、やはり優先順位付けに注力した最初の2週間は苦労
しました。

 

鶴岡: 開発が進むにつれて落ち着きましたが、当初はまさにウォーターフォールの真逆の状況で、ビジネス部門のバックログの作成が開発者の
作業のスピードに追い付いていませんでした。最初の時点で予測可能なことは、ある程度予め計画する必要があります。

 

佐藤: 結果的にインセプション的な活動は必要になると思います。それを一定の期間を設けて行うか、開発を進めながらやるのかの違いです
ね。

 

梶沼: 経験豊富な事業会社やパートナー会社でも、最初の数スプリントは苦労するものなのですね。

agile article picture

見積もりの考え方

 

佐藤: ⾒積もりのブレは確実にあります。例えば、バックログ作成時の⾒積もりが適切かどうかは数スプリントの経験を積まないと分かりませ
ん。そのため、ベロシティ⁸の⾒定めが難しいのは当然のことだと思います。

 

梶沼: ウォーターフォールでは⼯数で見積もることが多いです。アジャイルではチームの相対的な感覚で評価する形になると、⼤きな組織で複
数のチームが存在する中、⼯数に相当する作業量の測定はどうするのですか?

 

稲岡: チームごとに異なります。ポイントやベロシティはチーム固有のものです。例えば、同じ3ポイントでも、チームによって内容は異なりま
す。あるチームは検索機能の実装に3ポイント、別のチームは7ポイント必要といった具合で、各チーム内で合意した数値を設定します。よっ
て、Aチームがベロシティ40で、Bチームが30だからといって、BチームがAチームよりも効率が悪いという訳ではありません。

 

佐藤: 1ポイントの労働量の基準をインセプションフェーズの中で合意を取ることもあります。例えば、開発者1⼈の9時から17時までの作業を1
ポイントとするなど、チームにより異なる基準があります。

 

鶴岡: ここでいうポイントは、⼯数とは異なります。要件とタスクの内容が明確で、単純にコードを書くだけという場合は⼯数は少なくて済み
ます。ただ実際には、開発者は要件の理解に8割、実際のコーディングには2〜3割程度の工数を費やします。例えば、書いたコードが消えてしま
っても、要件を理解できていれば最初の1/10程度の労⼒でコードを書き直すことができます。

 

このように⼯数は数値化が難しいため、スクラムやアジャイルではストーリーポイントで、タスクの複雑さを測ります。次のスプリントでタ
スクを⾒積もる際、前回の実績を参考にして徐々に予測精度を上げていきます。チームとして、次のスプリントで達成可能なタスクの量を学ん
でいくのです。

 

ー アジャイル型開発の手法の特徴、実践に当たり必要な心構えや考え方について、ウォーターフォール型開発と比較するかたちで、皆さんに
議論いただきました。後半では、実際にプロジェクトが始まる際の最初のステップとなるチーム編成と各役割分担について、より実践的な内容
に焦点を当てていきます。

 

-前半終了-